間づくり研究所の所長である塚本直之が、文化人類学者である大川内直子さんと対談を行いました。文化人類学の手法を用いて企業の課題解決を行う大川内さんとの対話を通じ、“間”の本質に迫ります。
対談者プロフィール
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文化人類学者/株式会社アイデアファンド代表取締役
大川内 直子
Naoko Okawachiアイデアファンド代表取締役。東京大学教養学部卒。同大学大学院より修士号取得。専門分野は文化人類学、科学技術社会論。学術活動と並行して、ベンチャー企業の立ち上げ・運営や、米大手IT企業をクライアントとしたマーケットリサーチなどに携わる。大学院修了後、みずほ銀行入行。2018年、株式会社アイデアファンドを設立、文化人類学のビジネス応用を本格化。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)主任研究員、昭和池田記念財団顧問。著書に『アイデア資本主義 文化人類学者が読み解く資本主義のフロンティア』(実業之日本社)。
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間づくり研究所 所長
塚本直之
Naoyuki TsukamotoCOMANYが目指す 「関わるすべての人の幸福に貢献する経営」 を実現するた め、同社の経営にSDGsを実装したサステナビリティ経営を推進。 現在は、間 づくり研究所の所長として間づくりの浸透を推進している。 趣味はロードバイ クで、休日は山に向かって走るのが何よりの楽しみ。 最近は畑も始めた。
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間づくり研究所 事務局長
千葉倉司
Kuraji Chibaコマニー株式会社 マーケティング推進部の部長にして、間づくり研究所の最終兵器。COMANYの間づくり理念を常に探求する間づくりの権化。
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間づくり研究所 研究員
有江晴花
Haruka ArieCOMANYの経営企画課にて商品企画や社内外のイベント企画に従事。特に社内の人と人との間づくりに奮闘している。プライベートでは小松の里山の築100年の古民家に住み、まちづくりを楽しんでいる。趣味は栗拾いや野草茶など自然の恵みを味わうこと。
「働く私」と「家での私」どちらも自分のはずなのに
大川内:生活調査をしていて感じるのは、今の社会は、働く人の「私的な部分」を置き去りにしているということです。かつて人々が農村で共同生活を営み、稲刈りや儀礼など季節ごとのリズムに沿って暮らしていた頃には、仕事と生活は一体でした。大雨が降れば皆で心配しながら家事育児をし、収穫が無事なら安心して眠る——そんな混ざり合った日々の中では、「自分とは」「私の生きるべき道とは」などの問いは生まれなかったはずです。
しかし、現代は“働く私”と“そうでない私”の切りわけが求められていて、恋愛や出産、子育てなどの私的なこと、つまり仕事以外のすべては、勤務時間外にこなさなければならない。みんな大変だと言いながらも、その間に頑張ってスーパーで買い物をしたり、料理をしたり、洗濯物を片付けたりしています。こうした分断を統合できないかと、ずっと考えてきました。「理性的な人のほうが偉い」というのが現代の社会ですが、理性と情動、あるいは身体を明確に分けて考えることには限界があると思います。母であり父であると同時に、働く人でもある——そんな全人格的な在り方が認められる社会が理想です。
塚本:すごく面白いですね。「アイデア資本主義」と言われ、最近は仕事をする上でも重視されていますが、アイデアが生まれる瞬間って理性よりはエモーショナルな部分や、クリエイティビティが必要ですよね。そこは、理性だけで仕事をしていても生まれないと私も思います。
管理から選択の場へと変化したオフィス
大川内:コロナ以降、自社の調査をしてほしいという依頼がとても増えました。リモートワークが広がり、オフィス環境や働き方はかなり変化しましたね。コマニーさんではどのような変化がありましたか?
塚本:弊社では、“私”と“会社での顔”の融合が進んだような気がします。以前は出社することで働いているとみなされ、管理する場として発展してきたオフィスですが、今はむしろ「仕事をするのに最適な環境を、自分で選べる場所」へと変化している。自分の働く環境を選択できるオフィスが、価値として見られるようになりました。
大川内:単に仕事をする場所ではなく、「自分らしさを生かしながら働ける」ことが求められてきていますよね。おっしゃるようにオフィスの多様性が進み、かっちりした執務室や、カフェのようにリラックス出来る空間など、複数ある拠点を日によって選べる働き方も増えてきています。その流れはとても良いと思う一方で、「もっといけるのでは?」とも感じています。例えば「子どもを連れてきて、一緒に遊びながら働いていいのか?」など。机の高さを自由に選ぶ、景色を見ながら働くといった選択によって引き出されているのは、あくまで仕事上の生産性に過ぎません。働く時間内の多様性や生産性は追求されているものの、むしろ「うちは働きやすい会社です」とPRすることでいい人材を集めたいという、資本主義が突き詰められた結果なのかもしれません。
“全人格”で生きることができる社会へ。ワークとライフが融合する時
塚本:確かにそれはありますね。最近、「人的資本経営」※1 という言葉をよく耳にしますが、「従業員を大切にしています」と言いつつ、それが経済的成長のためなら、順番が逆だと思うんです。組織で働く人が本当に自由に、幸せに活躍できることこそが目的になるべきで、経済性はその“結果”にすぎない。それが“手段”にすり替わってはいけないですよね。
※1 従業員を「資本」と捉え、その能力や知識を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値の向上を目指す経営手法。
そう考えて、弊社は数年前に上場をやめました。上場企業でいる限り、どうしても短期的な売上や利益が求められて、「生産性」「効率性」「経済性」を重視しなければならないので。
大川内:それは大きな経営判断ですね。短期的な利益を求める圧力から離れたほうが、もっと長期的に、人と企業の未来を育てられそうです。会社は人の「やりがい」や「成長の実感」を得られる装置であるべきですよね。
塚本:「ウェルビーイング」という言葉がこれだけ叫ばれているのも、多くの人が必要性を感じているからですよね。明確な解決策があるわけではありませんが、弊社では現状ワークとライフの融合が進んでいると感じています。私自身は経営層になるほど、会社での顔を意識しなくなりました。異なる顔があることは悪いことではありませんが、もし自分にとって無理があるなら、健全ではない。逆に、会社の顔と家族に対して見せる顔がどちらも“自分らしい”と思えているなら、それぞれが全く違う顔でも「融合」と言えるのではないかと。
大川内:そう思います。
塚本:そういう“顔”のあり方が許容される組織や、「うちはこんな会社です」というフィロソフィを体現できている組織であるほど、ワークとライフは自然に融合していきますよね。
「間」が生み出す“なだらかさ”
大川内:ワークとライフに関して、いつもゼロか百かで語られがちですが、本当はもっと“グラデーション”があるはずですよね。その2つの間をもう少し“なだらか”に出来たら良いなと。その「なだらかさ」の中に、“間”の概念を感じます。
塚本:共感します。働く場がそういった「グレーゾーンも許される場所」になったとき、本当の意味で“人が活きる空間”が生まれると思います。
不確実性に耐えうる力をつけ、わからなさを抱えながら生きる
大川内:現代の社会は全てにおいて「ゴーイング・コンサーン(継続企業の前提)」が前提になりすぎていて、違和感を感じます。人も企業もずっと同じように続いていくことが前提で、いつも全てを説明できる状態になってなければいけない。「先が読めないと不安」といった強迫観念が強く、「懸念があるなら事前に開示すべき」という状況です。
例えば、予兆なく突然地震が起きたら、地震研究所はなぜ予測できなかったのかとなる。 あるいはインフラが整っていることは当然で、自分が歩いている道路に穴が開くなんて誰も思っていない。ゴミを朝に出したら数時間後には回収されて「消えて」いることが当然。でも、それではあまりにも“平和ボケ”というか、「“わからないこと”へのレジリエンス(しなやかに耐える力)」がないと思うんです。そもそも人間はこれまで“わからなさ”の中で生きてきたはずです。
塚本:なるほど。「ゴーイング・コンサーン」に関しては、経営層が一番説明責任を求められるのに対して、実は従業員が一番それを求めていますよね。結局は「自分で選んでいる」と思える実感がどれだけあるかだと思うんです。「本当はこうしたいのに、させられている」と感じた瞬間、働くことは苦痛になりますが、逆に自分の意志で選んだなら同じ仕事でも意味が変わります。「成長したい」というのは、人間の本質的な欲求でもあると思うんです。だからこそ、どうしたら会社の人たちが、自分らしく自分の人生を生きることを、仕事を通じて実感できるかを日々考えています。
大川内:確かに日本では特に従業員が「ゴーイング・コンサーン」を求めていますね。さすがに最近は少し変わってきていますが、今でもちゃんと学校に行って、いい会社に入って、そこに長く勤めるという考え方が根強くあります。来年つぶれるかもしれない会社には誰も入りたくないし、きっと、これからも発展していく可能性を感じる会社に自分の人生をリンクさせて、「この会社にいれば、自分も幸せになれる気がする」と選んでいる。最近は静かな退職や退職代行など“働かない方向”に意識が向かいがちですが、本当は給料以上に「生きている実感」を得られる仕事を、人は求めている気がします。

